breathdiary

                       

   

夏!しかもオリンピックでした

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どうにか、回復したのではと今のところは頻繁に警告音のようなものがしていたのも消えてはいる。しばらくキーを打ってみる。

夏のスイッチが入ったな。雨が終った日その日、セミが信号待ちする後ろの木で初めてその声を披露した。すると空の色と相まって、すっかり世界が変わったことに気が付かされる。セミの鳴き声は、否が応でも夏の刺激的な感覚へとシフトさせると改めて知る。

・・・おお~!キーボードすこぶる快調ではないか!やった~。

書いておきたいことは沢山あるはずで、 書くという作業に対してもっともっと真剣に取り組んでもよさそうなもの・・。はぁ・・(小さくため息)

郷土の作家で優れた人がいる。次々と作品を世に送り出す。まだ一つしか読んでいない。長編の歴史小説ばかりなので、心して取り組まなければね。あれはちょうど天正遣欧少年使節に興味があったころに大友宗麟を描いたもの「風渡る」を読んで感動した。 史実とロマン映画が混ざり合ったような美しい文章だったと思う。 前回の直木賞受賞の『蜩ノ記」はぜひともこの夏、挑戦してみよう。

いつも頭の中に風通しの悪い何か滞ったようなつまりのようなものを感じてしまうな。研ぎ澄まされた感覚とか想いとかがない。あるのは常に眠いだるい頭の鈍さ。 年とった言い訳もできないなと、目をちゃんと開けば恥ずかしくなるだろう。

 

オリンピック観戦は体操競技の時は、いつも格別に感情移入したものだった。自分がやっていたスポーツだから、思い出と重なって涙目になって観たものだ。

オリンピックを記憶が可能だったのは72年のミュンヘンからだったと思う。女子体操のコルブト、ツリシュツェワを見て体操競技にあこがれて、中学に入ると迷わず体操部へ^^;

その前のメキシコシティーは全然知らない、まだ10歳に満たなかったもんで。 

ミュンヘンの次、モントリオールでの体操は白い妖精といわれたナディア・コマネチが大活躍の10点満点が出た演技。すごいとは思ったけれどサイボーグみたいですきでははなかった。 余談だけどその後のビートたけしのギャグで日本の茶の間にその名前は今だ健在で、あれも大嫌だしその人も嫌いだ。最近テレビで二人でそれを披露したとか・・。 

モスクワ、ロス五輪あたりはボイコット問題で西側と東側の国のことで悲しむ。

92年の冬季アルベールビルのときからあとは、開催を2年早めて、同じ年にオリンピックを冬と夏で行うのをずらしているのは何でかな・・。 オリンピック開催地の一覧を開いてみた。 それぞれになんとなくその頃の自分の記憶の匂いがしてくる。なつかしいな。

 

そういってる場合じゃなくって、只今 ロンドンなんですよー。ついていってるかい、あたし。