breathdiary

                       

   

みーこです

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21年前の冬の前のある日 アパートの階段のしたの自転車の影から子猫の鳴き声がした。あら、かわいいと思ったものの、これまで散々子猫には嫌われて捕まえられない苦い思い出が蘇り、素通りした私。するとなんと、その猫は後ろから私を追って階段を駆け上がってきた。ちょうどわたしの目線の前でちょこんと座ったのは、愛らしい生まれて半年くらいだろうかというシャム猫だった。 思わず覗き込もうとして肩を低くすると、そのまま肩へ飛び乗ってきた。 ええ~っ・・。 そのままの状態で部屋へ連れて帰った。やせていて餌を欲しがっているのがわかったので、とりあえずちょうど冷蔵庫にあった、ししゃもを与えると、すごい勢いで食べだした。  迷い猫かなあ、張り紙があるか探そうと思いつつ、猫の餌を買ってきて食べさせる事にする。 まだ幼い雰囲気の猫ちゃん。膝に乗ってきては、おろしてもおろしても必死でしがみついてくる。 もうその時から私は母猫になってしまったようだ。

 

名前は何も考えずありきたりに”みーこ”と口から出てきてしまうので、洒落た名前もつけきれずにそのまま呼ぶことにした。 いつの間にか みーこのニックネームはみーすけだった・・。 みーこ みーすけ みーすけさん! どこ? いつもは玄関までお出迎えしてくれる。たまにいないと そうやって猫の気配を確かめるまでの時間がさびしい。

愛しい声 しぐさ ざらざらの舌のスキンシップ つるつるした柔らかい毛に包まれた生まれたての赤ちゃんみたいな大きさの丸いからだ。 腕にすっぽりと収まって、全身の力を脱力して私に身を委ねて目をつぶる。 耳元に名前をささやくたびに尻尾で答えてプラプラと振ってくれる。 至福の時をありがとう。15年もそばにいて私を深い癒しの中に連れて行ってくれた。

昨日、顔のところがこい茶色のシャム猫が雑誌をよんでいたら出てきた。あの子によく似ていた。 あの頃は旅行以外には、ほとんどカメラを取り出さなかったから、猫の写真はとても少ない。 今ならもっと存分に あのかわいらしかったポーズを残せたのになあと思う。

あの子の命日に雑誌で似た猫をみたなんて・・。不思議だ。 いつも命日が来る頃には別れの朝がフラッシュバックして苦しかった心の傷は時間が癒してくれるものだと知る。あの日からう丸7年になったんだな。私の腕に抱かれて最後の時間を過ごしてくれた。 死の迎えを壮絶な姿で拒むようにして・・。いつものあの穏やかな雰囲気からはとても想像できなかった。

 

この写真はみーさんがまだ若くて元気だった頃にいつものようにテーブルの上に寝そべる前に取れた写真ですが、本人の愛らしさとは別の固い顔で写ってます。^^;